スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
spitting kisses
暮れる・・・


今週のGTOは湘南純愛組の懐かしい面々が出てきてて懐かしいよ!



つーわけで原付ツーリング4日目の出来事を述べます。


●8月23日

07:40 南部町の宿を出発。この日も快晴!


08:50 スタートから778キロ地点:名も無き峠で休憩。山ーーーーー!!


10:30 スタートから826キロ地点:和歌山城着。紀伊田辺からけっこう距離あるなー!
途中、斜面いっぱいにミカン畑が広がる山を発見。すげー。斜面全部ミカン!
さすが和歌山、ミカンが有名ですねー。エモ!!

ミカン畑ー

ミカン食いてえ。
ちなみに↑の写真のものは本当にミカン畑なのかは不明であり、勝手に俺がミカン畑だと思ってるだけ。イエス。


そんなわけで和歌山城を探索しました。
和歌山城と言えば徳川吉宗ゆかりの城であります。「夜も暴れん坊将軍」ですね。
あ、ひとこと余計でした。
「夜も暴れん坊」でした。申し訳ございません。
ちなみに和歌山城の天守も、戦争の空襲で喪失してしまったんですよね~。戦火を逃れていれば間違いなく国宝級だったのに・・・残念極まりないです。

和歌山城天守  和歌山城からの眺め

しかし天守からの眺めも良いですねー!海も見えます。
それにしても和歌山の街並みもでかいですね~。


12:30 スタートから859キロ地点(R24):紀の川市のセブンで昼飯。快晴過ぎて暑い!!


13:50 スタートから896キロ地点:吉野のコンビニで休憩。・


14:20 スタートから910キロ地点:飛鳥石舞台遺跡着。ようやく地図に表記されている範囲に戻ってきた。
遠く飛鳥時代の遺跡を見ます!!

飛鳥石舞台遺跡

大きな石が積まれている。
重そう。

中はこんな感じ。

中の様子です。わりと広い。
いちおう古墳の扱いだそうですが、なんのためにこのようなものを作ったのかは不明!!だそう。
昔の人の芸術とエモのカタチですな。


16:00 スタートから956キロ地点(県道81号):香落渓、奥香落渓に到着!断崖の底を進む道からの眺めはスゲー!!迫ってくる感じがして迫力ありますよー

香落渓  香落渓2


17:00 スタートから987キロ地点(R368):伊賀上野城着。伊賀忍者の郷!!
上野城はかの有名な藤堂高虎がてがけた城でありますが(最初に築城したのは滝川雄利)、台風で建築中の天守が倒壊し、結局再建されないうちにそのまま時代が流れ、未完の城となってしまいました。

この城の石垣はハンパなく高くて、見ごたえがあります!!!

伊賀上野城  伊賀上野城の高石垣

伊賀上野城は城跡公園として整備されていますが、再建天守のほかに忍者屋敷や芭蕉翁記念館があります。
あの松尾芭蕉の生誕の地なんですよね!!

実は「奥の細道」で有名な彼は、ずいぶん年をとったときに日本を旅して回り、旅先の地で様々な名句を生み出しましたが、ひとつ「説」があるのです!!

有名な話なのでご存知の方も多いとは思いますが、松尾芭蕉が生まれたこの地は伊賀忍者で有名な忍びの里です。


かの徳川家康が我慢の人生を歩みながら様々な戦を勝ち抜き、そして関が原の戦いをもって天下統一できたのは、彼の器量もさることながら、彼の元で忠実に働いた武将(徳川四天王とか!)や三河武士、家臣の力によるところでもあります。

若い頃、三方ヶ原で武田信玄と戦って破れ、馬上でウンコをもらした彼も晩年についに天下を統一(後に大坂の陣があるけども)。その死地を救ったのが有名な本田忠勝なんですね~!!
そんな部下たちの働きが彼を支えたのであります。


そんな彼の下には忍びを使った諜報部隊もおりました。

有名な服部半蔵。彼が家康の諜報部隊の長であったのです。
情報収集、敵の霍乱、暗殺・・・
彼らは家康に貢献してきました。

織田信長が本能寺で倒れたとき、堺に見物に来ていた家康を、伊賀の山を越えて無事に三河に導いたのは、その服部半蔵だといわれています。
信長が倒されたことによって、当時信長の下についていた家康も狙われるのは明白だったわけですから、彼は家康の命を救ったとも言えるでしょう。

そんな服部半蔵、家康が天下を統一したときに家康に「何を望むか」って聞かれたら






「自由にしてくれ」






的なことを言ったそうです!
もちろん上のセリフは彼が実際どう言ったのか忘れたのちゃったので適当ですが、そんなニュアンスのことを言ったらしい。

それで彼は平和になった日本を見て回る旅に出るのであった・・・

もちろん服部半蔵という名前は伏せて数人の部下を連れて。



松尾芭蕉が奥の細道を回った年齢があまりに高齢。
その高齢で、当時のそんなに舗装されていない山道を長い間旅することはできるのだろうか???

服部半蔵のような忍びなら、普段から鍛えているのでそのような過酷な旅を高齢になっても続けることは可能!!


そんな推測から服部半蔵=松尾芭蕉っていう説があるんですよ!!!











まー服部半蔵は徳川家に仕えてて、一方で松尾芭蕉は伊賀生まれながら藤堂家に使えた下級武士として生まれたわけですから、仕える藩も違うし二人が生きている時代が若干ずれているから、同一人物ではなーーーーーい!!
って意見が圧倒的多数なんだろうけど


しかし不明な点もいくつかあるわけで(松尾芭蕉の旅はなぜ隠密だったのか?とか)






そういう歴史のロマンって素敵だーーーーー!!!!






というエモを噛みしめた、長くなりましたが伊賀上野城でした。


19:10 スタートから1037キロ地点(R307):国道沿いの王将で飯!
途中、信楽のタヌキ群とR422のハンパなさにヤられる。

狭すぎる国道  タヌキの群れ

信楽は居酒屋の入口とかでよく見るタヌキの置物で有名!いたるところにタヌキがおります。


20:20 スタートから1069キロ地点(R306):彦根の本日の宿着。お疲れ様でした。



そんなわけで4日目を終えたわけです。
無事に紀伊半島を一周できたけど、今度は地図と事前の下調べが大切ですね。
どうやら僕は日本一の滝というのを見落としてしまったようです。南無。

あ、高相被告が保釈された。



次回、「組織には幹事長とか代表とか最高顧問とかいろんなトップと言われるポストがあるのだが、結局のところどれがナンバーワンにエモいんだ」


続く。



スポンサーサイト
【2009/09/16 15:19】 | プチ遠出 | トラックバック(0) | コメント(0)
<<Life is what make you it | ホーム | 君には笑顔しか似合わない>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://danceyourlife.blog56.fc2.com/tb.php/793-860109f8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
COUNTDOWN


エモい。ただエモい。 Just emotional. Always, just emotional.

プロフィール

カムバックマイカブ

Author:カムバックマイカブ
今年後厄の25歳メンズ。
札幌生まれ札幌育ち。

・エモ
・ギターを弾く。
・プチ遠出。
・POOH。
・デジカメ。
・城。
・スピッツ。
・JACKASS。
・人生ってのはきっと生きているだけでいいんだろうな。
・そこには空しかなかった。
・ここをキャンプ地とする。


社会人3年を経て、ついに脱社会人に。
カメラを首からぶら下げてカブを乗り回してるいい大人になったもんだ。

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

THANX !!!

今何時?

最近の記事

最近のコメント

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。